大判例

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東京高等裁判所 平成2年(行コ)91号 判決 1991年4月18日

控訴人

田中須美子

右訴訟代理人弁護士

前田裕司

小島啓達

被控訴人

武蔵野市長土屋正忠

右訴訟代理人弁護士

中村護

関戸勉

永縄恭子

被控訴人

武蔵野市公平委員会

右代表者委員長

本林譲

右訴訟代理人弁護士

濱秀和

大塚尚宏

右当事者間の処分取消等請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人武蔵野市長が、控訴人に対して、昭和五八年一〇月一四日付けでした転任処分を取り消す。

3  被控訴人武蔵野市公平委員会が、控訴人に対して、昭和六一年一月三〇日付けでした採決を取り消す。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者の主張は、控訴人の当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであり(ただし、原判決一二頁一行目の「富山」(本誌五六五号<以下同じ>48頁2段31行目)を「冨山」に、同二七頁九行目の「そのもと」(51頁1段6行目)を「そのものと」に、同四三頁七行目の「玄米、パン」(53頁3段9行目)を「玄米パン」に、同四九頁一〇行目の「武蔵野市事務分掌規定」(54頁3段11行目)を「武蔵野市事務分掌規程」に、同五〇頁一行目の「住人」(54頁3段15行目)を「住民」にそれぞれ改める。)、証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

(控訴人の主張)

一  本件転任処分の取消しを求める訴えを却下した原判決の法令解釈の誤り

1 原判決は、地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」を職務自体又はその遂行と直接関係する不利益とか、当該処分の直接の法的効果として生じた不利益とかに限定して解釈している。

しかし、原判決の右解釈は誤りである。

地方公務員法四九条一項には、その「不利益な処分」について右のような限定した解釈をとるべき文言は使われていない。かえって、不利益処分に関する説明書の交付を定めた同法四九条二項や、人事委員会又は公平委員会への不服申立てを定めた同法四九条の二との関連から、同法四九条一項の「不利益な処分」とは、当該処分を受けた地方公務員が主観的に不利益と思う場合も広く含むと解すべきである。

自治省の見解も、「地方公務員法四九条の二第一項の規定に基づき、不利益処分を受けた職員は、人事委員会に不服申立をすることができる旨明らかにされているが、同条一項に「前条一項に規定する処分・・・・・」とは、任命権者が不利益処分と認める処分のみを言うのではなく、四九条二項に規定する職員が不利益処分と思う処分も含めて解するものと思料して差し支えない。」としている。

2 原判決は、転任処分の取消訴訟において、当該転任処分の不利益性について審理し、当該転任処分が地方公務員法四九条一項の「不利益な処分」と認められた場合にのみ、当該転任処分の違法性について実体審理を受ける権利が生ずる、とする。

しかし、当該処分について、その不利益性と違法性を明確に区別することはできない。例えば、不利益性が一般に認められる受忍限度をこえたとき違法性ありと判断される場合や、処分を受けた地方公務員の被る不利益と地方公務員法一三条の平等取扱いの原則に違反した任命権者の違法の限度との相関関係により違法性ありと判断される場合もあり、不利益性と違法性を区別することは論理的に不可能である。

不利益性の判断は、右のとおり、当該転任処分の違法性の判断と不即不離の関係にあるから、不利益性の判断を先行させて違法性の実体審理に入る訴訟要件の次元の問題とすることは、地方公務員法四九条、同条の二及び行政事件訴訟法九条の解釈を誤り、憲法で保障された国民の裁判を受ける権利を奪うものである。

二  本件裁決の取消しを求める訴えを却下した原判決の法令解釈の誤り

地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」とは、職務自体又はその遂行と直接関係する不利益や、当該処分の直接の法的効果として生じる不利益をともなう処分に限定すべきでなく、当該処分を受けた地方公務員が自ら不利益と主観的に思う処分も広く含むべきであることは、前記一で主張したとおりである。後者のような処分について公平委員会に不服申立てができないとすれば、地方公務員の身分保障のため、地方公務員法によって創設された公平委員会制度そのものが有名無実化してしまうことになる。

そして、公平委員会が不服申立ての審査請求を却下しうるのは、申立書の記載上明白な形式的不備が認められる場合に限られるのであって、「不利益な処分」に当たらないとして不服申立てを却下することは、地方公務員法四九条の二、行政不服審査法三条ないし八条に違反して許されない。

控訴人は、右のとおり、本件転任処分について被控訴人公平委に対し不服申立てをする権利を地方公務員法及び行政不服審査法上認められているから、右不服申立てが被控訴人公平委により棄却されたときは、右棄却した裁決の取消しを求めて訴えを提起できることは、行政事件訴訟法三条、九条の規定から明らかである。

したがって、被控訴人公平委が行った本件裁決の取消しを求める法律上の利益がないとする原判決は、地方公務員法四九条、同条の二、行政不服審査法三条ないし八条、行政事件訴訟法三条及び九条の解釈を誤っている。

三  事実誤認

控訴人が本件転任処分により受けた不利益に関する原判決の判断は誤っている。

すなわち、給与及び期末勤勉手当の減額について、本件転任処分がなければ給与及び期末勤勉手当の減額は受けなかったのであるから、本件転任処分と直接的な因果関係があることは否定できない。他の女性職員との接触、交流が絶たれる不利益は、確かに職務自体又はその遂行と直接の関係はないが、本件転任処分がなければ他の女性職員との接触、交流が絶たれる不利益を受けなかったのであるから、同じく本件転任処分と直接的な因果関係があることは否定できない。施設利用面の不利益についても、原判決は、水道部庁舎と本庁舎とは徒歩で六、七分、距離にして六〇〇メートルほどしか離れていないから、不利益が生じたとは認め難いとするが、右判断は、水道部庁舎に勤務する職員が、昼休み、休憩、出勤、退庁等の時間的制約により本庁舎の施設が利用できない現実を無視するものである。また、本庁舎の施設を利用して昼休みや休憩時間に女子休養室で休息をとることとか、保健室で自らの健康管理をしていくことが、職務自体又はその遂行と直接関係がないものと断定することはできない。

したがって、仮に、百歩譲って地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」を客観的、実際的見地から限定して解釈することができるとしても、控訴人は、本件転任処分によって直接的な不利益を受けているのであり、本件転任処分及び本件裁決の違法性について実体的審理に入らなかった原判決は、地方公務員法、行政事件訴訟法及び行政不服審査法に違反する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本件訴えは不適法として却下すべきものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六四頁二行目以下(56頁4段8行目の(証拠略))に挙示の証拠に「原本の存在及び成立に争いのない甲第一六号証」を加える。

2  原判決六七頁六行目(57頁2段6行目)から一一行目(57頁2段14行目)までを次のとおり改める。

「確かに、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、本件転任処分当時の水道部の業務と市民部市民課の業務を比較すると、水道部の方が職員の超過勤務も多く多忙であったと認められるけれども、武蔵野市役所全体の業務の中で水道部だけが特別といえるほどに繁忙又は過重な職場であったとは認められない。このことは、右本人尋問の結果により明らかなように、控訴人が本件転任処分によって水道部に異動してから一度も超過勤務をしていない事実からも十分うかがわれるところである。したがって、職場の労働過重を理由として本件転任処分の不利益性をいう主張も失当である。」

3  原判決六九頁六行目(57頁3段15行目)と七行目(57頁3段16行目)の間に次のとおり加える。

「控訴人は、地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」とは、当該処分を受けた地方公務員が主観的に不利益と思う場合も広く含むべきであり、職務自体又はその遂行と直接関係する不利益とか、当該処分の直接の法的効果として生じた不利益とかに限定すべきではないから、本件転任処分の取消しを求める訴えを認めるべきである旨主張する。

しかし、地方公務員法四九条の二第一項が認めた同法四九条一項の「不利益な処分」を受けた職員がする公平委員会に対する不服申立ては、行政不服審査法による不服申立ての性格を有するものであり、同法五〇条三項は、右不服申立てを受理した公平委員会が当該不利益処分を取り消す等して処分を受けた職員の不利益を救済することを定めていることから考えれば、職員が右の「不利益な処分」を受けたとして同法四九条の二第一項の不服申立てをするには、当該処分によって自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのあることを要するものであり、単に当該処分を受けた職員が主観的に不利益と思うにすぎない場合には、右不服申立てが許されないと解すべきである。地方公務員法四九条二項は、職員が、その意に反して不利益な処分を受けたと思うときは、任命権者に対し処分事由説明書の交付を請求できる、と規定するが、不利益処分についての処分事由説明書の交付と不服申立てとは制度の趣旨、目的を異にしているのであるから、右規定をもって前記の解釈を左右することはできない。そして、前記のように解しても、裁判を受ける権利を侵害するものでないことは明らかである。」

二  以上の次第で、控訴人の本件訴えを不適法として却下した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 裁判官 小林正明)

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